エリア・不動産コラムの記事一覧

「武蔵村山市の中藤は比較的大きめの町」 2017年07月04日(火)


武蔵村山市にある中藤は、一丁目から五丁目まで設置されている、同市の中でも比較的大きめの町です。また中藤は、名産の綿織物である村山織の生産地としても有名です。ただし、土地面積のほとんどが、北部にある狭山丘陵がほとんどであり、公園や林がメインとなっているため、実際に住む地域が広いというわけではありません。ただ、青梅街道が走っておりますので、自家用車があれば移動は楽です。交通機関としては、最寄りの上北台駅でも、車で行かなければ遠いため、交通の便はあまり充実しておりません。


気になる賃貸ですが、安ければ3万円前後、高くても7万円いかないぐらいの家賃です。築5年以内のアパートやマンションがあり、しかも広めの部屋なので、嬉しい点です。あゆみ保育園、武蔵村山市立第三小学校、中藤地区図書館などの施設があり、また村山中央病院もあります。子どもを育てるという点では、安心して生活することができるでしょう。また、武蔵村山市の新築もおすすめです。総合的的に判断すると、交通の便がネックなので、自家用車での移動は必須と言えます。

「武蔵村山市の緑が丘に住むのは難しい?」 2017年07月04日(火)


武蔵村山市の東部に位置する緑が丘は、エリアとしてはかなり小さくほぼ都営団地になっています。現在は、建直しで綺麗な団地になってきています。都営住宅に住む場合、幾つかの条件があります。東京都整備局や市役所で相談すれば、年収制限の他にも緩和措置があり、シングルマザーなどのご家庭だと、優先的に入居できる可能性があります。ここには、ムサシ保育園や、聖光緑が丘保育園、東京多摩幼稚園など、小さなお子さまを預けることができる施設がいくつかあります。また、多摩モノレール上北台駅からも近いため、子どもを預けて通勤するということがしやすい立地となっております。南西には緑が丘出張所がありますので、市役所に行かなくても簡単な手続きを済ませることができます。また、小中一貫校は、緑が丘にしかないので仲良しの友達と一緒に中学校を卒業できるのは、お子様にとっては安心材料かと思います。大南公園という大きな公園があるのも特徴です。 



 ⇩ 大南公園


「武蔵村山市の三ツ木の特徴は?」 2017年07月04日(火)


武蔵村山市の北部に位置する三ツ木は、自然豊かな公園があり、のどかで静かに生活ができる町です。六道山公園は、雑木林と谷戸が組み合わさって、豊かな自然がある都で最大の都市公園です。だから子どもの遊び場にもなりますし、犬の散歩には最適です。休日にリフレッシュするために出かけるのもよいでしょう。他にも、総合運動公園も近くにありますので、スポーツをやっている人には住みやすい場所となるのではないでしょうか。コンビニはファミリーマートがあります。南東には、ヤマダ電気とイオンモールがあり、車がなくても自転車で行くことができる距離です。


賃貸は、6万円から8万円の間が相場になります。ただし、JRからは離れているため、通勤にはバスとJRなど、複数の公共交通機関を利用することが多くなります。ただし学校は、徒歩圏内に、第二小学校、第五中学校、武蔵村山高校がありますので、子どもと一緒に暮らしていく上では、さほど不便はしません。自然豊かな町で、のびのびと子どもを育てるのには最適な町と言えるでしょう。

6万円台から買える武蔵村山市の新築


 


⇩六道山公園




「武蔵村山市の伊奈平には何があるのか」 2017年07月04日(火)


武蔵村山市の中にある伊奈平は、西武立川駅、あるいは武蔵砂川市駅から徒歩で20分から30分ほどの場所にあります。JRを利用する場合、若干遠いため、バスや自家用車での移動がメインとなるでしょう。物件に関しては、賃貸であれば、相場が4.5万円から8万円の間で見つけることができます。町自体がそこまで大きいわけではありませんので、賃貸の数も多くはありませんが、築10年前後の物件がほとんどであり、比較的新しい家に住むことができます。ただし、アパートやマンションの部屋はそこまで大きくない物件が目立ちますので、物件選びは悩みそうです。


少し南に行けばダイエーがあり、東に行けばイオンモールが、北にはヤマダ電気がありますので、自転車や車があれば、買い物にはさほど困りません。観光スポットとなるような場所はありませんので、基本的には武蔵村山市に住む人のための町となります。伊奈平地区図書館など地元住民のための施設もあり、静かな佇まいの地域です。交通の便にさえ目をつぶれば、非常に住みやすい街と言えます。

「武蔵村山市の歴史を学ぼう」 2017年07月04日(火)


東京都の武蔵村山市は、古い歴史を持つ街です。遡ること、平安時代に武士団の一つである村山七党の村山党が住み始めたことが始まりです。ここで初めて村山という名前が歴史上現れました。村山という名前の由来は、狭山丘陵に数多くの山々があり、この山のことを群山と呼んでいたものが、やがてなまって伝わり、村山になったと言われております。


江戸時代には、幕府に支配されておりましたが、そこで人々は農業だけではなく、炭を売ったり、かいこで織物をしたりして、生計を立てていたのです。この時代に村山の人によって、砂川村、小川村、中藤新田が開発されました。そして大正時代になると、村々を合併しようと動きになり、村山村となりました。そして昭和に入ると、戦争後に、産業や経済面でめざましい発展をとげて、昭和29年に村山町になります。そして、市制が施行されて、ようやく今の武蔵村山市という市になったのです。


その後は、自動車工業など、多くの工場が作られるとともに人口も徐々に増えていき、立派なベッドタウンへと変貌を遂げるのでした。魅力ある武蔵村山市の新築


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